今回は、従業員への人事異動(転勤・職種変更)を適切に行うための方法について解説していきます。

人事権とは

会社には、誰を採用するか・どこに配置するか・どの職種で勤務してもらうかなどを決定する権利、いわゆる「人事権」があります。過去の裁判例を見ても、人事権は広く認められています。
本社の他に支店などを展開する会社においては、この人事権に基づいて「人事異動」が頻繁に行われています。全く異動や職種変更ができないとなると会社の業務に重大な支障を生じることに繋がるため、正当な業務命令として出された人事異動であれば、原則として従業員はこれを拒否することはできません。もし、正当な理由なく人事異動を拒否した場合、懲戒処分や懲戒解雇の対象となる可能性があります。

しかし、会社には人事権があるといっても、それが無制限に認められるわけではありません。採用面接時に「育児や介護を行うため転勤はできない」ことを伝えられていたにもかかわらず、それを無視して転勤命令を出した場合には、人事権の乱用として無効となり得ます。

人事異動(転勤・職種変更)の有効要件とは

人事異動(転勤・職種変更)が有効と判断されるためには、以下の要件を全て満たしている必要があります。

転勤や職種変更について就業規則に根拠規定がある(命令権の明示)又は包括的命令権が認められる(命令権の黙示)こと
勤務地限定合意や職種限定合意がないこと
以下の3点を満たし、権利濫用に当たらないこと(東亜ペイント事件 最高裁 S61.07.14判決)
業務上の必要性があること
⇒業務上の必要性とは、欠員補充やローテーション人事、業務運営の円滑化など、通常の人事異動に係る必要性で十分であると考えられており、高度の必要性までは求められていません。
他の不当な動機、目的によるものでないこと
⇒異動の対象となる従業員の能力や適性とかけ離れた勤務場所、職種への変更は、「退職に追い込む目的があった」と判断され、無効となる可能性が高いです。
労働者に対し、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものでないこと
⇒本人が転勤困難な持病を抱えている場合、育児や介護などで転勤困難な事情がある場合などはその点を考慮すべきですが、通勤が往復1時間程度長くなる場合などは「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」とまでは言えないと考えられます。
 

運用上の注意点

勤務地限定合意や職種限定合意がある場合は「本人の自由な意思に基づく同意」が必要
⇒勤務地限定合意がある従業員に対して転勤を行う場合や職種限定合意がある従業員に対して職種変更を行う場合には、「本人の自由な意思に基づく同意」が必要であると考えられています。しかし、勤務地や職種を限定して労働契約を締結している従業員の場合、勤務地や職種を限定することに対して特別な理由があることが通常ですので、特段の理由なく、自由な意思に基づく同意は取れないと考えられています。
従って、従業員が現在の勤務場所や現在の職種で今後業務を行っていくことが困難な状況、すなわち解雇しようとすれば十分に認められる程度の高度な必要性があることが要件となります。(西日本鉄道事件 福岡高裁 H27.01.15判決)

賃金の減額を伴う場合にも注意が必要
配転と賃金は法的には相互に作用しておらず別々に考えられているため、勤務地や職種を変更した場合でも、基本的に賃金は変わらないのが通常です。賃金の減額が認められる例として、「今までは単身赴任であったために単身赴任手当が支給されていたが、転勤によって家族と同居できるようになったため単身赴任手当が支給されなくなった」ような場合には、不利益ではなく、賃金の減額であったとしても有効と判断される傾向にあります。
賃金の減額を伴う異動が絶対に認められないわけではありませんが、その場合には人事異動の必要性など様々な状況を勘案して判断していく必要があります。

人事異動は、従業員にとって少なからず負担となりますが、会社の円滑な運営を行っていく上で必要な措置でもあります。実際に人事異動を行う場合には、「人事異動の必要性」「従業員が被る不利益の程度」「従業員の置かれている状況」などを確認した上で、事前に十分な説明を行うなど配慮しつつ実施していくことが望まれます。

社会保険労務士 八尋 慶彦