世界的に見ても過酷な労働環境で知られる日本において、現在の仕事や職業生活に関することで、強い不安やストレスとなっていると感じる労働者の割合は53.3%となっています。ストレスとなっていると感じる事柄がある労働者について、その内容をみると「仕事の量」が43.2%と最も多く、次いで「仕事の失敗、責任の発生等」が33.7%、「仕事の質」が33.6%となっています。このような状況の中、心の健康問題により休業する従業員への対応は、会社にとって大きな課題となっています。

今回は、私傷病による休職者への適切な対応ついて解説していきます。

私傷病休職制度とは

私傷病休職制度は、私傷病により一定期間働くことができなくなった従業員に対し、その期間は療養に専念してもらい、その後復職してもらう制度です。

休職の定義について法律に定めはないため、休職制度を設けるか否か、設ける場合にどのような内容で設けるかは会社が自由に決めることができます。通常は、就業規則等によって休職制度を設け、それに基づいて運用することが一般的です。

本来、従業員は労務提供義務(働く義務)を負っているため、働くことができなくなった場合には解雇事由となります。しかし、長い職業人生の中で一時的に働けなくなることも十分にあり得るため、私傷病休職制度により休職扱いとし、私傷病からの回復を待つことになります。いわば、「解雇を猶予する制度」として位置付けられています。

精神的不調を抱える従業員への適切な対応手順

近年は精神的な不調により休職する従業員が増えており、会社の規模に関係なく発生しています。精神的な不調により休職している従業員とトラブルになる場面で多いのは、休職期間満了時の取り扱いです。例えば、「休職期間がいつからいつまでなのかを明確にしていなかった場合」や「復職させずに退職させた場合」などでトラブルが生じやすいです。
私傷病による休職者との無用なトラブルを避け、円滑に運営していくには、就業規則(休職規程)の整備とそれに基づいた適切な運用が重要となります。

精神的不調を抱える従業員への適切な対応手順は以下の通りです。

精神的な不調が疑われるような場合、まずは個別に面談を行い「悩みや相談」を確認する。
⇒「現在の仕事量、納期の問題、職場の人間関係や悩みなど」を聞き、まずは相談に応じるべきです。あわせて、業務量の平準化や残業を減らすなどの対応も必要になります。

体調不良により業務に支障を生じている場合には、医療機関を受診するよう勧める。
⇒いきなり医療機関の受診を強制するのではなく、まずは勧めてみることが大切です。その際「就労可否の内容が確認できる医師の診断書」の提出を求め、それをもとに就労可能か否かを判断していきます。

本人が医療機関を受診しない場合、就業規則(休職規程)に基づき「会社が指定する医療機関の受診命令」を出す。
⇒会社には「安全配慮義務」があります。そのため、従業員が体調不良であることを分かっていながら勤務させることは問題となります。
体調不良の疑いがあるなどの合理的な理由があることから、就業規則の規定に基づき医療機関の受診命令を出すことは法的に問題なく、受診を拒否するようであれば「労務提供の受領拒否」とする他ありません。(電電公社帯広局事件 最高裁 S61.03.13判決)
一方、就業規則に定めがなかったとしても、明らかに体調不良であることが疑われる従業員に対して「安全配慮義務」を果たすために医療機関の受診を命じることは可能と考えられます。

休職を命じる際は「休職通知書」を交付し、就業規則(休職規程)の内容をあわせて説明しながら休職を命じる。
⇒最もトラブルになりやすい内容である「休職期間、休職期間中の取り扱い、復職時の手続き」などについて従業員へ十分な説明を行います。なお、後に「言った・言わない」などのトラブルを防止するため、休職通知書は書面で交付するなど、記録に残る形で行うことが望ましいです。

休職期間中も定期的な面談を行う(無理して面談する必要はありません)。
⇒私傷病が回復に向かっているのかについて定期的に確認しておくことが望ましいです。

復職は簡単に認めるべきではありません。
⇒従業員が指定する医師の診断を受診しているような場合、主治医は休職者の意向を含めた診断書を作成することがあります。そのため、主治医の診断書を確認したうえで個別に面談を行い、必要に応じて主治医への事情聴取や会社が指定する医療機関の受診などを行いながら復職の有無を判断していく必要があります。なお、復職後すぐに今まで通りの労務提供をさせることは適切ではありません。まずは、軽易な業務や短時間勤務を行ってもらうなど、一定の配慮も必要となります。

運用上の注意点

休職限度期間を30日未満に設定することは認められない。
⇒休職期間について法の定めはありません。しかし、私傷病休職制度は「解雇を猶予する制度」であるため、解雇時の猶予期間である30日よりも短い期間を設定することは認められません。

休職期間満了時に、今まで行っていた業務への就労が困難であっても、まずは軽易な業務で復職させることが重要
⇒今まで行っていた業務に復職できなかったとしても、従業員本人の能力・地位・経験・業種などを勘案して他の業務であれば復職可能であり、本人もそれを望んでいる場合、まずはその業務で復職してもらうことが重要です。(片山組事件 最高裁 H10.04.09判決)

休職期間中は療養に専念してもらい、定期的に病状を報告してもらう
⇒療養によって私傷病が回復に向かっているのかを確認するために、定期的に診断書を提出してもらう・面談を実施するなどの対応を行うことも必要となります。しかし、報告や面談の頻度が多すぎると、それ自体がストレスになって病状が悪化する可能性もあることから、「誰に対してどのように報告させるか」についても配慮する必要があります。

全てのやりとりや書類を記録に残しておく
⇒トラブルになった際に有効な証拠になるのが「記録」です。万が一トラブルになった際にスムーズな解決ができるよう、日頃から記録を残しておくことを徹底することが重要となります。

社会保険労務士 八尋 慶彦