採用面接時の受け答えや過去の経歴を見て、即戦力や今後会社で活躍してくれるだろうと期待して採用したものの、会社が思った以上に能力が低かったということはよくあります。実際に採用面接や書類選考のみでその人の真の能力や人柄を全て見抜くことは困難であり、どれだけ気を付けてもミスマッチは生じてしまうことでしょう。さらに、大企業ならともかく日本の99%以上を占める中小企業では「人を選び放題」というほど応募が集中することはあまりありません。

重大な経歴詐称により入社したような場合は比較的解雇が認められやすいですが、ただ単に能力が低いというだけでは解雇は認められにくいのが現状です。

今回は、能力不足の従業員に対しての適切な対応について解説していきます。

能力不足の従業員でも簡単に辞めさせられない

能力不足(ローパフォーマー)の従業員は、他の従業員に比べて仕事が遅く、ミスも多いため労働時間が長くなり、健康に悪影響を及ぼすことに繋がります。また、その分残業代が増えることにもなります。その結果、効率よく業務を行っている従業員に比べて給与は高くなり、従業員間の不公平の問題だけでなく、会社にとっても想定以上のコストが発生するため見逃せない問題です。

しかし、一度労働契約を締結した以上、能力不足が顕著であったとしても簡単に解雇することはできません。実際の裁判でも「能力不足」のみを理由とする解雇が認められたケースは非常に少ないです。

能力不足の従業員は会社にとって非常に悩ましい問題ですが、本人は自分の能力不足に気付いていない(自覚がない)ケースが多く、それどころか、「自分の業務量が多い」「給料が低い」などと考えている人も存在します。

その一方で会社は、能力不足の従業員に対して、「仕事が遅い」「ミスが多い」など抽象的な事実を把握しているのみで、具体的にどのように能力が不足しているのかという点を正確に把握できていないことが多い傾向にあります。

このように、能力不足の従業員と会社との間に認識の違いが生じているため、「会社としてどのようなことを求めているのか」「それに対してどのように能力が不足しているのか」「具体的に何をすれば良いのか」を明確に伝えることが大切です。

能力が不足している従業員に対して特に必要な指導・教育等を行わずに、いきなり解雇をしたとしても到底認められるものではなく、段階を踏んで改善の努力を行ってもなお改善の見込みがなく、業務に重大な支障を生じていることが必要になります。

能力不足の従業員への適切な対応手順

能力不足の従業員に対する適切な対応手順は以下の通りです。

従業員に対して個別に面談を行い、認識の相違を無くしておく
⇒「仕事が遅い」、「ミスが多い」などの抽象的な事実だけを伝えたとしても、具体的にどうすれば良いのかが明確でなければ改善することはできません。「会社としてこのようなことを求めている」、「それに対して現状ではこのように能力が不足している」、「だからこのようにしてほしい」と、会社が求めている目標とプロセスを具体的に伝えます。

適宜教育・研修・指導・注意等を行い、業務の進捗を確認
⇒具体的な目標を立てたとしても、それを全て本人任せにすべきではありません。定期的に面談を行いながら、上司とともに目標達成に向けて業務に取り組み、改善が必要な個所はしっかりと改善していくことが重要になります。

それでも改善が見られなければ、異動を検討
⇒会社が求める人材像を明確に伝え、必要な教育や指導を行っても能力不足が改善されない場合もあります。その場合、職種変更などの人事異動を検討します。異動後の業務で能力を発揮できるケースもあるからです。

最終的には退職勧奨や普通解雇を検討
⇒これまであらゆる改善策を実施してきたが改善の見込みがなく、他の職種に異動しても変わらず、会社に重大な損害が生じているような場合、退職を前提とした話し合いを行うことになります。しかし、会社の正当な業務命令を拒否する・上司に反抗的な態度をとり続けるなどの明らかな問題行動があるわけではなく、本人の能力不足を理由とする解雇については、その有効性が認められることは非常に難しいというのが現実です。それらを理解したうえで解雇に踏み切る場合には、これまでの指導記録などを証拠として準備しておき、争いになった際に主張・立証できるようにしておくことが重要です。

裁判例

セガ・エンタープライゼス事件 東京地裁 H11.10.15判決》

人事考課の結果が下位10%未満の従業員に退職勧告を行い、これに応じなかったため能力不足を理由として解雇した事案。
就業規則に定める他の解雇事由(精神又は身体の障害により業務に堪えないとき、会社の経営上やむを得ない事由があるとき等)が極めて限定的であることから、能力不足による解雇についても平均的な水準に達していないというだけでは不十分であり、著しく労働能力が劣り、しかも向上の見込みがないときでなければならないというべきである。
本件では、従業員の能力は平均的な水準に達しているとはいえないが、当該人事考課は、相対評価であって絶対評価ではないことからすると、直ちに労働能率が著しく劣り、向上の見込みがないとまでいうことはできない。会社は従業員に対し、さらに体系的な教育・指導を実施することによって、その労働能率の向上を図る余地もあるというべきであり、就業規則に定める解雇事由「労働能力が劣り、向上の見込みがないとき」に該当するとはいえず、解雇は権利濫用にあたり無効と判断された。

日本ストレージ・テクノロジー事件 東京地裁 H18.03.14判決》

外資系企業が、英語・パソコンスキル・物流業務の経験を考慮して中途採用した者を、業務遂行能力が著しく低く勤務態度不良であるとして解雇した事案。
裁判所は、以下の理由等から、就業規則に定める解雇事由「業務遂行に必要な能力を著しく欠く」等に該当し、解雇には客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当であるとして解雇を有効と判断。
・業務上のミスを繰り返し他部門や顧客から苦情が相次いだにもかかわらず、上司の注意に従わなかった
・異動後も上司の指示に従わず、報告義務を果たさず、顧客に不誠実な対応を取ったため苦情が相次ぎ、本人に対して再三改善を求めたにもかかわらず改善されなかった
・担当業務の習熟が遅く、業務処理速度の向上を促されていた
・上司の指示に従わないとして懲戒処分(譴責処分)を受けたが、ミーティングへの出席を拒否した

単に能力不足というだけでなく、「会社が求める能力や目標が明確にされているか」、「改善の機会を与えたか」、「それでも改善の見込みがないか」、「会社に重大な影響を与えているか」等について慎重に判断し、解雇する他ないと客観的に認められなければ解雇は無効になるため、普段の労務管理が非常に重要となります。

社会保険労務士 八尋 慶彦