今回は、従業員との間でトラブルに発展することも多い「固定残業手当」の適切な運用方法について解説していきます。

固定残業制度とは

実際の残業時間数にかかわらず、予め定められた金額を毎月支払う制度

固定残業制度には、割増賃金の支払いに代えて一定額の手当を支払う方法(手当型)と、基本給の中に割増賃金を組み込んで支払う方法(組み込み型)の2パターンが存在します。

どちらの制度であっても、適切に運用されていれば何ら問題はありませんが、運用方法が適切でない場合、固定残業制度自体が否定され、残業代が支払われていない(未払賃金)と判断されるリスクがあります。

固定残業制度の有効要件とは

固定残業制度が有効と判断されるためには、以下の要件を全て満たしている必要があります。

通常の労働時間の賃金に当たる部分(基本給など)と割増賃金に当たる部分(固定残業手当)が明確に区別されていること(明確区分性)
固定残業手当が残業代の趣旨で支払われていること(対価性)
固定残業手当が何時間分の残業時間に当たるのかが明確にされていること

固定残業手当は、実際に発生した残業時間に応じた残業代の支払いに代えて一定額を支払うものであるため、労働基準法所定の計算方法による残業代を下回ることは当然許されません。そして、法所定の残業代以上の固定残業手当が支払われているかどうかを従業員自身が確認できるようにしておく必要があります。

(例)「基本給:250,000円(固定残業代を含む)」
⇒基本給のうち固定残業代がいくらなのかが判別できないため、無効となります。

(例)「基本給:200,000円 固定残業手当:50,000円 34時間分の時間外労働に充当」
⇒基本給と固定残業手当が区別されており、実際の残業時間に応じた残業代以上の手当が支払われているかどうかの確認ができるため、有効となります。

運用上の注意点

残業代の支払いに代えて固定残業手当を支払うことについて、就業規則及び雇用契約書に明記しておくこと
⇒労働契約の内容とするためには、就業規則及び雇用契約書に明記する必要があります。特に、雇用契約書にのみ記載があり、就業規則には記載がない場合、助成金が不支給になることもありますので、必ず両方に明記しておくことが重要です。

固定残業手当が対応する残業時間数を超える残業が発生した場合は、超える部分の残業代を別途支払うこと
固定残業手当を支払っているから残業代は一切発生しないものと勘違いしている方も多いですが、予め定められた固定残業手当が対応する残業時間数を超える残業が生じた場合には、その超える時間に対する残業代を別途支払う必要があります。
(例)固定残業手当:20,000円(時間外労働 16時間分)
⇒実際の残業時間が20時間であった場合には、4時間分(5,000円)を追加で支払う必要があります。

残業時間を正確に把握すること
固定残業手当を支払っていたとしても、残業時間数の把握は必要であり、賃金台帳や給与明細に明確に記載する必要があります。

固定残業手当が対応する残業時間数は極力45時間以内に抑えること
固定残業手当の対応時間数が80時間などの場合、それ自体で直ちに違法とはなりませんが、訴訟に発展した場合には「公序良俗に反し無効」と判断される可能性があります。これは、「そもそも80時間までの残業を最初から想定していたのでは?」と捉えられ、長時間労働をさせることを前提としているとして厳しい判断が下されるからです。

実際の残業時間数にかかわらず、全額の固定残業手当を支払うこと
固定残業手当を支払う場合、その月の残業時間が全くなかった場合でも、その全額を支払う必要があります。また、前月は残業時間数が少なく、今月は固定残業手当の対応時間を超えたから、前月と今月で相殺なんてこともできません。残業時間数にかかわらず、毎月精算していく必要があります。

欠勤控除を行う場合にはさらなる注意が必要
従業員が欠勤した場合に、基本給だけでなく固定残業手当も欠勤控除の対象とする場合があります。その場合、固定残業手当の金額が少なくなるため、それに応じて対応する残業時間数も減少します。
(例)固定残業手当:20,000円(時間外労働 16時間分)
⇒所定労働日数20日の月に10日欠勤した場合、固定残業手当は10,000円になりますが、対応する残業労働数も8時間に減少します。この月に10時間の残業があった場合、2時間分は別途支払う必要が出てきます。

固定残業制度自体が無効と判断された場合、その固定残業代が全て基本給に含められ、残業代は1円も支払われていなかったことになります。従って、数百万円~数千万円の未払賃金を請求されるリスクがありますので、固定残業制度を導入する際には、適切な運用を行っていくことが重要となります。

社会保険労務士 八尋 慶彦