職種や業務内容にかかわらず、仕事をする上では誰しも大なり小なりミスをしてしまうことでしょう。ミスをすること自体は避けられませんが、それが見逃せないレベルのミスであったり、従業員の故意や重大な過失によるものであった場合には「次から気を付けてね」だけでは済まされません。だからと言って、損害の全額を賠償させるにはあまりにも酷すぎるケースもあり、実務上どこまで責任を追及できるのか疑問に思うことがあると思います。

そこで今回は、従業員が他人や他社に損害を与えてしまった場合に、どこまで責任を追及することができるのかという問題について解説していきます。

従業員が業務上損害を出した場合、第1次的には企業が負担する義務を負う!

従業員が業務を行う上で発生させてしまったミスやクレームの内容が比較的軽い場合には「本人に対する注意・指導」や「始末書」、「相手方への謝罪」等によって解決するケースが多いでしょう。比較的軽いミス(問題)に対して損害賠償請求や懲戒処分を行うことは実務上厳しく、また、そのようなミスに対しての罰金を定めることもできません。

しかし、ミスの内容が例えば、従業員が業務中に飲酒運転をしており、その途中に歩行者と接触して怪我をさせてしまったような場合、「今後気を付けてね」では済まされません。
企業としては、相手方への謝罪以外にも、相手方から使用者責任(民法第715条)に基づき損害賠償を請求されてしまう可能性が高く、また、ニュースや新聞で大きく取り上げられてしまうと、企業の信用やイメージが大幅に下がり、売上や企業存続にも影響してきます。

【使用者責任】民法第715条
会社は、被用者(労働者)がその事業の執行について第三者(従業員も含む)に与えた損害を賠償する責任を負う。ただし、会社が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない(免責事項)。

使用者責任を追及される3要件とは?

  • 加害者(従業員)の行為が民法第709条の不法行為に当たること
  • 加害者(従業員)との使用関係(一般的な例としては雇用関係)があること
  • 加害者(従業員)の行為が、事業の執行についてなされたこと

すなわち、従業員が業務中に故意又は過失によって他人や他社に損害を与えてしまった場合には、企業もその従業員と連帯して損害賠償責任を負うものとされています。
なぜ従業員が悪いのに企業も連帯責任を負わなければならないのかについては、以下の2つの考え方に基づいています。

報償責任
⇒報償責任とは「利益を得る者が損失も負担する」という考え方です。
企業は、従業員を使用することによって自らの活動範囲を大幅に広げ、利益を得ています。従って、従業員が活動することによって出した利益だけでなく損害についても同様に負担すべきという考え方です。

危険責任
⇒危険責任とは「危険を生み出す者が責任も負担する」という考え方です。
企業は、従業員を使用することによって、社会に対して危険を及ぼす機会を増やしているので、損害についても負うべきという考え方です。

上記の「使用者責任の3要件」に該当しない場合、又は免責事項に該当する場合には、従業員の行為によって企業が連帯責任を負うことはありません。※実際に免責事項に該当する可能性はほとんどありませんが。。。

従業員に対して損害を負担させることは可能か?

従業員が第三者に対して損害を与え、企業が使用者責任に基づき第三者に対してその損害を賠償した場合、企業はその従業員に対して求償する(損害を賠償させる)ことができます。しかし、次のような理由から、損害の全額を負担させることやあらかじめ罰金を定めておくことなどはできませんので注意が必要です。

損害の全額を負担させることは実質不可能!
⇒使用者責任は「報償責任・危険責任」という考え方に基づいているため、従業員が発生させた損害の全額を負担させることは適切ではありません。また、企業と従業員では資力の差が大きすぎるため、損害の全額を負担させるのは酷すぎるという考え方もあります。
ではどの程度までなら負担させることができるのかという問題ですが、これについての明確な基準はありません。従業員の故意・過失の程度やその従業員の地位・職務内容・労働条件、損害の予防を企業がどの程度していたのか等、その時の状況に応じてケースバイケースで考えていく必要があります。
※ただし、従業員の行為が極めて悪質な場合には、損害額の全額を負担させることも認められる場合があります。

あらかじめ罰金を設けておくことはできない!
⇒例えば、「従業員のミスが原因でクレームになった場合には罰金1万円とする。」など、あらかじめ罰金を定めておくことは労働基準法で禁止されています。

【賠償予定の禁止】労働基準法第16条
使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。       

ただし、労働基準法第16条は、あらかじめ罰金を定めておくことを禁止しているだけなので、実際に生じた損害についての損害賠償額を請求することまで禁止しているわけではありません。

裁判ではどの程度まで認められているのか?

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● 茨城石炭商事事件(S51.07.08判決 最高裁)

石油等の郵送及び販売を業とする企業の従業員が、業務でタンクローリーを運転中に交通事故を発生させた事案で、最高裁は、「企業は業務用の車両を多数保有していたにもかかわらず保険に未加入であったこと、当該事故は会社の特命により臨時的に乗務中に発生したものであること、本人の普段の勤務成績は普通以上であったこと」等を勘案して、損害額の25%を限度に本人に対して賠償できると判断した。

従業員の行為が業務上横領など極めて悪質な場合には、その全額の賠償を認める裁判例もありますが、交通事故をはじめとする多くの裁判例では、損害額の全額を負担させることは認められておらず、25%から35%を限度に求償を認めている裁判例が多いです。

社会保険労務士 八尋 慶彦