従業員が窃盗・暴行・傷害・盗撮・痴漢・詐欺などの刑事事件に関与したとして逮捕された場合、しばらくの間身柄拘束されるイメージがありますが、実際には全てのケースがそうではありません。身柄拘束されて全く連絡が取れない場合もあれば、身柄拘束されず、業務への支障がほとんどないような場合もあります。
従業員が逮捕されるケースは頻繁に起こるものではないため、実際にこのような場面に遭遇した時に、従業員をそのまま在籍させておくべきなのか、それとも休職制度を適用し、一定期間休職させるべきなのか、懲戒処分にするべきか、判断に迷うことがあります。

逮捕されたという事実だけで懲戒解雇等の処分をしてしまうと、後に解雇無効等の裁判を起こされる可能性がある一方、実際に起訴されて本人も罪を認めているような場合、そのまま何のお咎めもなく勤務させてしまうと職場の秩序が乱れたり、取引先からの信用が低下したりすることもあります。
そのため、従業員が逮捕された場合、適切な手順で対応していく必要があります。

今回は、従業員が刑事事件で逮捕された場合に、企業としてどのように対応していけば良いのかについて解説していきます。

逮捕された事実だけで全てを判断するのは危険!

従業員が刑事事件により逮捕されたという事実だけで解雇してしまったり、懲戒処分を適用させることは適切な対応ではありません。
従業員が犯した行為が重大犯罪であることが確実で、ニュースや新聞で大きく取り上げられており、そのまま雇用しておくことが難しいような場合は別ですが、刑事事件で逮捕されたとしても誤認逮捕や無罪の場合もあり、また、従業員本人が認めていない場合、刑事処分が確定するまでは無罪推定が働きます。すなわち、処分が確定するまでは無罪ということになりますので、処分が確定するまでは解雇や懲戒処分をすることは避けるべきと考えられます。さらに、逮捕後に起訴されたからといって必ず身柄拘束されるわけではなく、また、比較的軽微なものであれば懲戒解雇や普通解雇は重過ぎる場合もあります。

通常、従業員が逮捕されたことについてはニュース・本人の家族からの連絡・警察からの連絡・弁護人からの連絡であることがほとんどです。連絡があった後、まずは本人に対して事実関係の調査を実施できるのであれば調査を行います。もし、逮捕・勾留され、かつ身柄拘束されている場合には、出勤することができないため、その期間は欠勤として処理します(無給)

【事実関係の調査で確認すべき項目】
・事件の事実関係
・本人が認めているか否か
・身柄拘束の有無
・企業や社会に与えた影響の有無及び程度
・懲戒事由や解雇事由に該当するか否か
・退職の意向の確認

従業員が釈放されたとしても、起訴の可能性があるのであれば、就業規則(休職規程)に基づき起訴休職を適用した方が無難です。ただし、起訴休職は無制限に認められているわけではないため注意が必要です。

【起訴休職とは】
従業員が刑事事件により起訴された場合に、一定期間又は判決確定までの間、就労を免除し休職とする制度です。

【起訴休職制度の趣旨】(※全日本空輸事件 H11.02.15判決 東京地裁)
① 刑事事件で起訴された従業員をそのまま就業させることにより職場の秩序が乱れるおそれが高い場合に、一定期間休職させることによって職場の秩序を維持するため。

② 身柄拘束等により一定期間に渡って就業することができず、業務に支障を生じるおそれが高い場合に、業務の円滑な遂行を確保するため。

多くの場合、就業規則(休職規程)に起訴休職制度が定められていますが、起訴休職制度は通常無給であることが多く、また、従業員にとって非常に不利益が大きい制度ですので、起訴休職制度の要件を満たすからと言って直ちにこの制度を適用できるわけではありません。
「本人の職務の内容」、「公訴事実の内容」、「身柄拘束の有無」及び「上記の趣旨」を総合的に勘案し、企業秩序や業務に支障がない場合には適用させるべきではありません。

〇 全日本空輸事件(H11.02.15判決 東京地裁)
操縦士であったXは、以前から男女関係にあった同社の元客室乗務員の女性に対して傷害容疑により逮捕され、罰金10万円の略式命令を受けた。そこで会社は、Xに対して判決が確定するまでの約1年6か月間にわたり、無給の起訴休職制度を適用した。
裁判所の見解は、「本人は身柄を拘束されておらず、労務提供にあたって特段支障を生じない。また、本件は業務とは関係のない男女関係のもつれが原因で生じたものであり、逮捕の事実についてもニュース等で報道されていなかった。」と結論付け、さらに、「Xが仮に有罪となった場合に付される可能性がある懲戒処分の内容も、解雇は重過ぎるし、降職は賃金が支給されるし、出勤停止も1週間程度であり、減給は月次給与の10%が限度であることと比較すると、無給の休職処分は著しく重い。」と判断し、休職処分を無効とした。

有罪であった場合、懲戒処分にすることは可能なのか?

判決が確定し有罪であった場合、又は本人が犯罪の事実を認めている場合には、その内容や企業への影響を勘案して処分を決定します。しかし、懲戒処分は「企業の秩序を維持するために行うもの」であり、原則として就業時間中の従業員の問題行動に対して行うことができます。よって、私生活で問題を起こしたことに対しては原則として懲戒処分を行うことができません。

ただし、私生活で起こした問題行動であっても、ニュースや新聞で報道され、企業のイメージや信用が低下してしまった場合など、企業の円滑な運営に支障を生じさせているのであれば、例外的に懲戒処分を行うことが可能です。

【懲戒処分の有効性】
・就業規則に「懲戒事由」及び「懲戒の種類」が明記されていること
⇒懲戒処分を行う場合、どのような行為が懲戒処分の対象となるのか(懲戒事由)、なされる処分の内容(懲戒の種類)が就業規則に明記されている必要があり、就業規則に根拠がない場合には懲戒処分を行うことができません。
・懲戒処分が権利濫用に当たらないこと
⇒「従業員の行為の性質・態様・その他の事情」に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合には、懲戒権の濫用となり無効になります(労働契約法第15条)。
つまり、従業員の犯罪行為の内容、事件の経緯、重大性、計画性や常習性の有無、過去の犯罪歴、過去の処分歴、普段の勤務成績、反省や謝罪の有無、調査への協力態度、会社や社会へ与えた影響等を総合的にみて処分内容を決定しなければなりません。従業員の行為が一般的に見て重すぎると判断された場合には懲戒処分が無効となります。
・手続きが適切であること
⇒就業規則に定められた手続きや、弁明の機会、自社における過去の懲戒処分とのバランス等を考慮する必要があります。

従業員が犯した犯罪行為の内容と上記の判断基準を踏まえた上で懲戒処分の内容を決定していくことになりますが、犯罪行為が比較的軽いような場合には、軽めの懲戒処分(譴責や減給等)を実施すべきと考えられますし、譴責や減給では軽すぎる場合には比較的重い懲戒処分も有効と認められやすくなります。

実際に刑事事件で起訴された場合に懲戒処分等を行い、その有効性を争った裁判例は多いですので、過去の事例等と照らし合わせながら、処分内容を決定していくのが望ましいです。

社会保険労務士 八尋 慶彦