毎年夏と冬の時季になると、公務員の平均賞与支給額がニュースなどで流れてきますが、その他の企業でも比較的同じ時季に賞与を支給している企業が多いのではないでしょうか。普段の給与とは別に貰える賞与は金額が高いことも多く、中には100万円を超えるような場合も存在します。近年のコロナ過で経営が厳しくなり、賞与を支給することができなかった企業も次第に回復し、賞与の支給を再開したというところもあるでしょう。

賞与も労働基準法上の賃金にあたるため労働法の適用を受けますが、その内容について正しく理解していないと、従業員との間でトラブルに発展することがあり、裁判で争われるケースも実際に発生しています。
従業員のためにせっかく支給したのに、その後トラブルになるのでは本末転倒となります。

今回は、賞与の性質や実際にどのようなケースでトラブルに発展するのかなどについて解説していきます。

賞与の法的性格とは?

賞与は給与のように毎月1回以上、一定期日を定めて支給する必要はありませんが、労働基準法第11条で「この法律で賃金とは、賃金・給料・手当・賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払う全てのもの」と明確に定められています。従って、賞与も通貨で、直接従業員本人に、全額支払う必要があります。
しかし、毎月1回以上払いの原則と一定期日払いの原則の適用は除外されているため、毎月1回以上支払う必要はありません。

実際多くの企業では、年1回又は年2回(決算賞与を支給する企業では年3回)、夏と冬に支給している企業が多いと思いますが、賞与を支給するか否か、賞与を支給する場合の支給金額、計算方法、支給対象者、支給時期などは原則として企業の裁量で自由に決めることができます。
しかし、原則として自由に決めることができると言っても、それが完全な自由裁量で決められるというわけではありません。

【フェデラルエクスプレス事件】 R02.03.27判決 東京地裁

この会社に勤務する航空整備士の従業員が、平成29年の賞与が不当に低く査定されたとして、雇用契約に基づく賃金請求権又は不法行為による損害賠償請求権に基づき、本来支給されるべき賞与額との差額の支払を求めた事件です。
裁判所は、結論として従業員の請求を棄却しましたが、請求の可否の判断基準について、以下のような考えを示しています。
「使用者は従業員の勤務状況の評価について裁量権を有しており、合理的な範囲で従業員の勤務状況を評価することができると解されるものの、評価の前提となる事実の認定に誤りがある場合事実の評価が著しく合理性を欠く場合被告が定めた評価方法や手順等に違反した場合には、その裁量権を逸脱・濫用したものとして、従業員に対する不法行為となる場合があるというべきである。」

【ベネッセコーポレーション事件】 H08.06.28判決 東京地裁

従業員が約162万円の賞与の支給を受けた後に、年内での退職を申し出たところ、会社より134万円の返還を要求された事件です。
裁判所は「将来に対する期待の程度の差に応じて、退職予定者と非退職予定者の賞与額に差を設けること自体は、不合理でなく、これが禁止されていると解するべき理由はない。しかし、退職予定者が非退職予定者の18%程度の賞与しか受給できないということについては、過去の賃金とは関係のない純粋の将来に対する期待部分が、被告(退職予定者)と同時期に入社し同一の基礎額を受給していて年内に退職する予定のない者がいた場合に、その者に対する支給額のうち82%余の部分を占めるものとするのは、いかに在社期間が短い立場の者についてのこととはいえ、是認できない。」とした上で、「賞与のうち、労働者に対する将来の期待部分の範囲・割合については、諸事情を勘案して、賞与額の2割とするのが相当である。」と判断し、賞与額の20%の返還を退職予定者に求めました。

正社員には賞与を支給し、非正規社員に賞与を支給しないことは適法か?

正社員には賞与を支給しているが、その他の非正規社員(パートやアルバイト等)には賞与を支給していない企業は多いと思います。
最近色々と話題になっている同一労働同一賃金ルールにより、不合理な待遇差を設けることは違法となります。そして、不合理な待遇差であるか否かの判断基準は以下の3項目を勘案して決定されます。

① 業務内容及び責任の程度
② 業務内容・責任の程度・配置の変更範囲
③ その他の事情(正社員への登用制度が整備されているか、定年再雇用した従業員であるか etc)    

【大阪医科薬科大学事件】 R02.10.13判決 最高裁

大学の教室事務員である正社員とアルバイト社員(有期雇用契約、有期雇用契約の上限5年)の待遇差が争われた事件です。
この事案では、上記①(業務内容及び責任の程度)及び上記②(業務内容・責任の程度・配置の変更範囲)の両方において正社員とアルバイト社員で明確に異なっていたことを認め、賞与については「正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図る目的」から正社員に支給しているものであり、賞与の格差は不合理であるとは言えないと結論づけました。

上記大阪医科薬科大学事件のように、正社員と非正規社員の業務内容や責任の程度、人事異動の範囲が明確に分けれているのであれば、非正規社員に賞与を支給しないことは不合理であると判断されにくいと考えられます。さらに、正社員転換制度を設けているのであれば、現在の待遇が将来も確定しているわけではないため(正社員に転換すれば正社員の待遇が受けられるため)、より不合理と判断される可能性は低くなります。

しかし、例えば正社員(無期雇用契約、フルタイム)と有期契約社員(有期雇用契約、フルタイム)の場合で、上記判断基準①~③が全く同じで、なおかつ有期契約の更新手続きがずさんな状況だったり、そもそも更新手続きをしていなかったりという事情の下において、賞与は正社員だけに支給し、契約社員には全く支給しないという対応は、不合理な待遇格差と言わざるを得ないと考えられます。

企業の対策として、正社員と非正規社員に待遇差を設ける場合には、給与や各種手当、賞与などの項目ごとにその支給目的を再度確認し、不合理な待遇差と判断されることのないよう整備していく必要があります。

賞与支給日在籍要件を設けることも重要!

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賞与支給日在籍要件とは、賞与を支給する日に在籍した従業員に対してのみ賞与を支給する制度です。実際に多くの企業で賞与支給日在籍要件が取り入れられています。
通常は賞与の査定対象期間が設けられ、その期間の勤務実績や勤務態度、企業への貢献度等によって賞与の支給金額が決まるものですが、賞与支給日在籍要件を設けた場合、査定対象期間に全て在籍していたとしても、実際の賞与支給日に退職していれば1円も支給されないことが起こり得ます。しかし、裁判例上もこの賞与支給日在籍要件を就業規則に定めて運用することを有効としています。

ここで注意すべき点として、賞与支給日在籍要件を就業規則に定めていたとしても、どんな場面でも適用できるわけではありません。例えば、本来の賞与支給日には在籍していたが賞与の支給日が大幅に遅れた事案では、「賞与支給日」とは「支給が予定されていた日」であると判断され、退職後に賞与支給日が到来した従業員へも賞与を支給しなければならないと判断されています。また、整理解雇の場合や賞与支給日前に病死した場合には、退職日を自分で決定することはできなかったとして、企業に賞与の支払いを命じています。

なお、賞与支給日在籍要件を定めていない場合、「賞与査定期間の全期間について勤務していなくても、また、賞与支給日に退職していたとしても、原則として賞与査定期間に在籍していた割合に応じて賞与を支給しなければならない。」と判断した裁判例を参考にすると、賞与を支給する必要が生じてしまいます。

賞与を制度として設ける場合は、具体的な金額を定めず、賞与の支給対象者(勤続1年以上とする等)・賞与の査定対象期間・査定項目については十分に定め、企業にある程度の裁量を確保できる規定としておくことが重要です。

社会保険労務士 八尋 慶彦