会社には様々な性格の人が雇用されて勤務しているため、中には性格の不一致・仲が非常に悪いということも生じてくると思います。仕事のために同じ職場で長時間を過ごすわけなので、人間関係のトラブルが生じてしまうことは仕方ないですが、大きなトラブルなく職場の秩序が一定程度維持されているのであればまだしも、時には人間関係のもつれから従業員同士の喧嘩や殴り合いに発展してしまう場合もあります。
その場合に、「従業員同士の喧嘩は個人間の問題」などと考えて会社が何も対応しないのは問題となります。従業員同士の喧嘩であっても会社内で発生している以上、完全にプライベートな問題ではありません。

今回は、従業員同士の喧嘩が殴り合いにまで発展してしまった場合の対応について解説していきます。

従業員同士の喧嘩であっても会社は無関係ではない!

従業員同士の殴り合いが発生した場合、加害者は被害者に対して民法第709条(不法行為)に基づき損害賠償責任を負いますが、場合によっては会社も被害者に対して「使用者責任」及び「安全配慮義務違反」に基づく損害賠償責任を負います。

【使用者責任】民法第715条
会社は、被用者(労働者)がその事業の執行について第三者(従業員も含む)に加えた損害を賠償する責任を負う。

会社が使用者責任を負う場面とは、加害者の行為が「事業の執行について」なされた場合に限られます。どのような場合に「事業の執行について」と判断されるのかについては、客観的に見て業務と暴行との間に時間的・場所的な密接関連性が認められるか否か、及び暴行の原因が業務に関連して行われたと認められるか否かによります。

【安全配慮義務】労働契約法第5条
会社は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。

会社が安全配慮義務を負う場面とは、予見可能性の有無(そのような結果が生じると予見できたか否か)、結果回避性の有無(予見できた場合において、これを回避するための措置を講じていたか否か)によって判断されます。なお、従業員に損害が生じた場合に、従業員側にも不注意や過失があった際には、会社の負う損害賠償義務は一定程度軽減されます。

【佃運輸事件】 H23.03.11判決 神戸地裁

従業員Aは、運送会社の運送管理係の見習いとして、また従業員Bは、タンクローリーの運転手として加古川営業所に勤務していたが、配車をめぐって従業員Bが抗議をしたところ従業員Aとの間でトラブルになった。配車の責任者が制止したためいったん収まったが、駐車場に停めてあった大型トレーラー付近で再度口論となり従業員Aが従業員Bを転倒させた。さらに、その後、従業員Aは、従業員Bが手に持っていた缶コーヒーを手で払って落とした。なお、従業員Bは上記暴行による怪我につき労災認定を受け、療養・休業補償給付を受けている。
本件は、従業員Bが従業員Aの暴行により傷害を負ったとして、従業員Aについては民法709条(不法行為)、会社に対しては安全配慮義務違反又は民法715条(使用者責任)に基づき損害賠償等を請求した事件である。

〇従業員Aの暴行についての会社の安全配慮義務違反⇒否定
裁判所は、会社の安全配慮義務違反について、従業員Bが主張するような一般的な従業員間の暴力抑止義務を負っているとは認めがたい。もちろん、本件暴力以前から、従業員Aと従業員Bが顔を合わせれば暴力沙汰になっていたとか、又はそうなりそうであったという状況が存在したのであれば、会社にとって暴行の発生は予見可能であり、従って、両者の接触を避けるような人員配置を行う等の結果回避義務があったというべきである。しかし、本件暴行以前にこのような状況が存在していたと認める証拠はないから、そもそも本件暴行の発生は会社にとって予見可能性の範囲外であり、よって、会社は結果回避義務を負わないと解するのが相当であると判示した。

〇従業員Aの暴行についての使用者責任⇒否定
本件の暴行が、勤務時間中に、しかも営業所の敷地内で起こっていることから「事業の執行に際して」生じたものであると言えても、それだけでは「事業の執行について」加えた損害とは言えないとした上で、最初の暴行事件の契機となったのは従業員Bの言動であり、また、その後の暴行については、「暴行が生じた原因と事業執行行為との密接関連性があるということはできないから、会社の事業の執行についてなされたものということはできない」と判示している。

殴り合いをした従業員に対する処分について

会社内で殴り合いの喧嘩が発生した場合、職場の秩序が乱れるため、会社としては迅速に当事者や目撃者等から事情を聴取し、当事者に対する処分を行い、職場の秩序を回復する必要があります。
特に、他人に暴行を行うことは刑法208条の暴行罪、暴行によって怪我をさせた場合には刑法204条の傷害罪に該当しますので、そのような場合に懲戒処分を行うことも可能と考えられます。
しかし、一度の喧嘩でいきなり懲戒解雇等の重い懲戒処分を科す場合は、喧嘩によって相手に重傷を負わせた場合や余程悪質な場合に限られ、そのような場合でなければ比較的軽い懲戒処分を科すべきだと考えられます。

【新星自動車事件】 H11.03.26判決 東京地裁

同僚との殴り合いを理由とするタクシー乗務員Bに対する懲戒解雇が有効とされた事例。

平成9年5月31日の朝、従業員同士のトラブルから従業員Aが車内において従業員Bを一回殴った。その後車内において従業員Bが専ら従業員Aに対し暴行を加えた。車外に出た後は従業員Aが従業員Bに対しヘルメットを使って何回も暴行を加えた。要するに、従業員同士のけんかである。
それにもかかわらず従業員Bは、従業員Aとの殴り合いは「けんか」ではなく「従業員Aによる一方的な暴行とそれに対する正当防衛」であると執拗に主張し、それを前提に従業員Aと和解するに当たっては従業員Aが休業損害と治療費を支払うことに固執し、従業員Aがそれを受け入れなければ、あくまでも刑事事件として処理するよう求めた。本件殴り合いがけんかであることを指摘した上で和解するよう求められたものの、その説得を聞き入れようとしなかったため、警察は今回の殴り合いを刑事事件として立件せざるを得なくなった。

①会社も警察からの示唆を受けて従業員同士が和解をすればしばらく二人に内勤をさせた後に乗務させようと考えていたが、本件殴り合いが刑事事件として立件される以上、従業員Aと従業員Bを就業規則に則って厳正に処理しなければならなくなったこと

②本件殴り合いは会社の車庫内に停車中のタクシーの車内及び車外において行われた乗務員同士のけんかであり、本件殴り合いの結果、従業員Bは本件殴り合いが行われた翌日である平成9年6月1日から解雇の意思表示がされた6月7日までは会社に出社せず、従業員Aは6月1日以降毎朝出勤していたが、会社は本件殴り合いの決着がついていなかったので、従業員Aを乗務させなかったのであって、会社の乗務員の中では売上げが非常に多い従業員Aと従業員Bが乗務しなかったり会社の判断で乗務させなかったりしたことは、会社にとっても大きな損失であったと考えられること

③従業員Bは本件殴り合いの直後に警察と救急車を呼んでいるが、本件殴り合いの直後は午前7時過ぎ頃であって、そのような時間帯にパトカーや救急車が会社に到着したから、会社の近隣に住む者の耳目をひいたものと考えられること

これらの事実によれば、本件殴り合いが事業運営の維持確保に及ぼした影響や企業秩序に生じた混乱は決して小さなものとは考えられず、本件殴り合いが就業規則に該当することを理由にした懲戒解雇が懲戒権の濫用であると認めることはできない。会社の就業規則では「懲戒解雇事由に該当するもので、過去の勤務成績・程度等の情状を酌量し、懲戒解雇を免じ他の懲戒に処するか又は解雇或は退職にすることがある。」と規定しているが、会社が従業員Bを懲戒解雇以外の他の懲戒にすべきであったとか、退職させるべきであったなどということはできず、会社が従業員Bに対する懲戒解雇を選択したことが懲戒権の濫用であるということはできない。

会社内で暴力事件が発生した場合、加害者への処分を検討する前に、まずは被害者への対応を優先させていくことが重要です。また、加害者への処分内容についても、その態様を踏まえて適切な処分を行わなければ(行為に対して処分が重すぎる場合等はNG)、後に様々な問題が生じる可能性があります。

社会保険労務士 八尋 慶彦