健康診断は、生活習慣病をはじめ、さまざまな病気の早期発見・早期治療はもちろん、病気そのものを予防することを目的に行われています。自分では自覚できない症状や忍び寄る病気を見逃さないためにも、定期的な受診が必要です。しかし、中にはプライバシーの侵害と言い張り、健康診断の受診や結果の報告を拒否する従業員が存在します。このような場合に、健康診断を強制的に受診させたり結果を報告させて良いのか、受診させなかった場合に罰則などはあるのか、従業員がもし体調を崩した場合に会社として責任は生じるのか等、色々と気になることがあるかと思います。

そこで今回は、健康診断を受診させなかった場合の会社のリスクや受診等を拒否する従業員に対する適切な対応について解説していきます。

入社時や定期的な健康診断は会社の義務!

会社は従業員について、雇入れ時及びその後1年以内ごとに1回、定期的に健康診断を実施することが労働安全衛生法で定められています。雇入れ時に実施することが義務付けられているものを「雇入れ時健康診断」、その後1年以内ごとに実施することが義務付けられているものを「定期健康診断」と言います。

【雇入れ時健康診断】安衛則第43条
事業者は、常時使用する労働者を雇い入れるときは、当該労働者に対し、一般項目(喀痰検査を除く。)について医師による健康診断を行わなければならない。

【定期健康診断】安衛則第44条
事業者は、常時使用する労働者(特定業務従事者を除く。)に対し、1年以内ごとに1回、定期に、一般項目について医師による健康診断を行わなければならない。
※特定業務従事者に対しては、「特定業務従事者の健康診断」を受診する必要がありますので、定期健康診断の対象者からは外れます(健康診断を一切受診する必要がないわけではありません)。

上記の通り、会社は労働安全衛生法に基づき、雇入れ時健康診断、定期健康診断を実施する義務を負っています。それに対して従業員は、労働安全衛生法第66条5項に基づき「事業者が行なう健康診断を受けなければならない。」とされています。
従って、従業員が健康診断の受診を拒否することはできません

なお、雇入れ時健康診断や定期健康診断を受診する義務がある「常時使用する労働者」とは、1週間の所定労働時間が通常の労働者の1週間の所定労働時間の4分の3以上である者とされています。つまり、正社員だけでなく、契約社員であっても対象となり得ます。

健康診断に要する費用や時間の取り扱いは?

〇 健康診断に要する費用の取り扱い 〇
健康診断に要する費用を会社と従業員のどちらが負担するのかについて、労働安全衛生法に定めはありません。しかし、労働省労働基準局長通達において以下のように記されています。

●「労働安全衛生法および同法施行令の施行について」(昭和47年9月18日 基発第602号)(都道府県労働基準局長あて労働省労働基準局長通達)

第一項から第四項までの規定(雇入れ時健康診断、定期健康診断、特殊健康診断、臨時健康診断等)により実施される健康診断の費用については、法で事業者に健康診断の実施の義務を課している以上、当然、事業者が負担すべきものであること。

上記の通達により、法律上の義務ではないものの、実質的には会社が負担するよう求めています。そして、実際にも健康診断に要する費用を負担している企業がほとんどです。
法律上の義務ではないため、健康診断に要する費用を従業員負担にしたとしても会社が罰則を受けるわけではありません。しかし、従業員の健康は企業にとっても重要であるため、実施の費用については企業が負担すべきであると考えられます。

なお、通達で示されているのはあくまで法定の検査項目についての健康診断の受診費用についてであり、それ以外の項目(オプション検査)に要する費用まで会社が負担する必要はありません。
また、従業員が会社の指定する健康診断の受診を希望せず、自身で選んだ医療機関にて健康診断を受診することも法律上認められていますが、その場合の費用も同様に会社が負担する法律上の義務はありません。

〇 健康診断受診に要する時間の取り扱い 〇
健康診断受診に要した時間に対する賃金を支給すべきか否かについて、労働安全衛生法に定めはありません。しかし、労働省労働基準局長通達において以下のように記されています。

●「労働安全衛生法および同法施行令の施行について」(昭和47年9月18日 基発第602号)(都道府県労働基準局長あて労働省労働基準局長通達)

健康診断の受診に要した時間についての賃金の支払いについては、労働者一般に対して行なわれる、いわゆる一般健康診断は、一般的な健康の確保をはかることを目的として事業者にその実施義務を課したものであり、業務遂行との関連において行なわれるものではないので、その受診のために要した時間については、当然には事業者の負担すべきものではなく労使協議して定めるべきものであるが、労働者の健康の確保は、事業の円滑な運営の不可決な条件であることを考えると、その受診に要した時間の賃金を事業者が支払うことが望ましいこと。

上記の通達により、法律上の義務ではないものの、実質的には賃金を支払うことが望ましいとされています。しかし、最終的には会社が定めるものであるため、賃金を支払わないことも可能ですし、就業時間外や休日に受診させることも可能となります。
※特定の有害業務に従事する従業員に対して行う特殊健康診断については、当該時間は労働時間となり、賃金の支払いが必要となりますのでご注意ください。

健康診断の受診を拒否する従業員についての対応

これまで説明してきた通り、会社が健康診断を受診させることは法律上の義務であり、また、従業員も健康診断の受診を拒否することはできません。しかし実際には、健康診断の受診を拒否する従業員がいるのも事実です。実際に会社が健康診断の実施を怠っていた場合には罰則(50万円以下の罰金)があり、また、その場合に労災事案が発生した際には「安全配慮義務違反」として損害賠償責任が生じることがあります。

従って、会社としては確実に受診させる必要があり、受診を拒否する従業員に対しては厳しい処分をしていく必要もあります。まずは、健康診断の受診を拒否する従業員に対して、健康診断受診の必要性を説明し、文書にて受診命令を出します。それでも受診しない場合には「労務提供の受領拒否」や「懲戒処分」を検討していきます。
受診の案内は口頭でも良いですが、確実に受診させるよう努力を尽くしたことが証明できるよう文書にて案内を継続していく方が望ましいです。

なお、法定の健康診断を受診した後、その結果を会社が取得しなければ労働安全衛生法上の義務を履行することができないため、当然に取得することが可能と考えられます。しかし、オプション検査や再検査、精密検査等の結果についてはプライバシーへの配慮も必要であり、本人の同意なく当然に取得することはできません(個人情報保護法第20条2項 適正な取得)。

健康診断は会社だけでなく従業員にとってもメリットが大きいものであるため、受診を拒否する従業員に対してはその重要性や必要性を明確に伝え、それと同時に会社が義務を怠っていたと捉えられないようにしていくことが重要です。就業規則にもしっかりと明記し、日頃から意識付けを行うことも必要です。

社会保険労務士 八尋 慶彦