企業が人を採用する際、応募者が業務に耐えられる健康状態であるかどうかを確認するために、健康状態や病歴等を調査することがありますが、応募者の中には採用面接時に正しく申告せず、そのまま事実を隠して入社し、その後病歴等が発覚することがあります。

企業としては円滑な運営を維持するために確認しておきたい項目の一つである反面、応募者としてはどこまで正直に申告しなければならないのか、正直に申告すると不利になるのではないか、申告せずに入社し、後日発覚した場合にどのような処分を受けるのかについて気になるところだと思います。

今回は、企業が入社前に行う病歴調査がどこまで認められるのかについて解説していきます。

応募者は、健康状態や病歴等を申告する必要があるのか?

病歴詐称は経歴詐称とは少し異なるかもしれませんが、企業の円滑な運営を乱しかねないという観点では非常に重大な問題となります。経歴詐称とは、過去の経歴を詐称することによって企業の円滑な運営を阻害する行為を言います。経歴詐称は一般的には高く詐称するケースが多いですが、低く詐称する場合(例えば大卒なのに高卒と詐称するような場合)や申告しない場合であっても経歴詐称にあたります。その中でも企業の秩序維持に特に大きく影響する重大な経歴詐称(最終学歴・職歴・犯罪歴・年齢)については、懲戒処分や解雇の対象になるケースが多いです。

企業は、職場の秩序を維持するために必要な事項、及び応募者が入社後の業務に耐えられるかどうかを判断するために必要な事項について、合理的な範囲内で申告を求めること自体は可能であると考えられております。一方、応募者は過去の経歴については真実を告知する義務を負うものとされていますが、病歴については義務を負うとまではされておりません

企業の病歴調査はどこまで認められるのか?

応募者は、企業から業務の遂行に必要な範囲内で病歴等の申告を求められることがありますが、これは無制限に認められているわけではありません。

例えば、企業が入社前に、応募者に無断でB型肝炎ウイルス感染に関する検査を実施したことはプライバシーの侵害にあたると判断した裁判例があります(東京地裁 H15.06.20判決)。この裁判では、「企業は特段の事情がない限り、応募者に対してB型肝炎ウイルス感染の検査を実施して、その情報を取得するための調査を行ってはならず、仮に調査の必要性があったとしても、応募者に対して事前にその目的や必要性について告知し、同意を得た場合でなければ情報を取得してはならない。」と判断しています。

現在では、応募者や従業員の個人情報は個人情報保護法による保護が図られており、その中でも健康状態に関する情報は特に配慮が必要な「要配慮個人情報」とされ、原則として本人の同意が無ければ取得することはできません

実際に病歴詐称で争われた裁判はほとんどないため、判断基準が確立しておらず、ケースバイケースで対応していく必要があると考えられます。

実務上は、病歴等を隠して入社したことによって業務にどの程度の影響や損害を与えたかがポイントになります。
しかし、実際には病歴(特にうつ病などの精神疾患)を隠して入社し、企業の適正な判断を狂わせるようなケースであっても、一度採用した以上、即解雇にすることは難しいのが現状です。

【実際に業務に支障が出ていない場合】
⇒この場合は、病歴等を隠していたとしても、現状業務に全く影響していないため、処分を与えることは難しいでしょう。

【実際に業務に支障が出ている場合】
⇒従業員は、定められた業務を心身ともに健康な状態で遂行する義務がありますが、業務に支障が出ている場合は、この義務に違反(債務不履行)し、企業に少なからず損害を与えている状況であるため、以下のパターンの対応方法が考えられます。

現在業務に支障を生じていることを説明の上、就業規則の休職規程を適用した後、症状が回復していれば復職、回復していなければ自然退職とする。
⇒最も一般的な対応方法となります。働けない以上、治療に専念してしばらく様子を見た上で、それでも復職が難しいのであれば退職して頂くことになります。

② 有期契約の場合、有期契約期間満了による退職とし、次回の更新はしない。
⇒有期契約期間の満了が近いのであれば、予め次回の更新はしないこと及び更新しない理由を本人に伝え、契約期間満了に伴う退職とします。この場合、契約期間満了日の30日以上前までに「雇い止め通知書」を交付しておくことが望ましいです。

健康状態の調査や病歴調査は色々な考え方があり、非常に悩ましい問題です。特に近年はこの問題が増えており、企業の運営に支障が生じる程のトラブルに発展しているケースもあります。一律の基準を定めることは難しいので、企業としては、目的を事前に説明し、本人の同意を得た上で、必要な範囲内の調査をしていくことが望ましいです。

社会保険労務士 八尋 慶彦